源頼朝もタジタジで逃げ込んだ洞窟! 追う者!逃げる者!必死の攻防の戦国の世を今に伝える!
真鶴半島に今も残る「しとどの窟(いわや)」 真鶴・貴船まつりの時に行って来ました。
1180年、平家打倒の兵を挙げた源頼朝ですが、石橋山合戦では大敗を喫します。頼朝は主従わずか7名で山中に逃れ、この「しとどの窟(いわや)」に逃げ隠れたという伝説の地です。
しとど(鵐・巫鳥)とは、小鳥のことで、頼朝が洞窟に入る際にしとどが飛び立ったことからこの名が付けられています。
追い詰められた頼朝の気持ちやいかに!? この真鶴に来て見て歴史の勉強です。
1180年、平家打倒の兵を挙げた源頼朝ですが、石橋山合戦では大敗を喫します。頼朝は主従わずか7名で山中に逃れ、この「しとどの窟(いわや)」に逃げ隠れたという伝説の地です。
しとど(鵐・巫鳥)とは、小鳥のことで、頼朝が洞窟に入る際にしとどが飛び立ったことからこの名が付けられています。
追い詰められた頼朝の気持ちやいかに!? この真鶴に来て見て歴史の勉強です。
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